小川ひろよ
I can dream, can't I ?
(verse)
As we eye
The blue horizon's bend
Earth and sky
Appear to meet and end
But it's merely an illusion
Like your heart and mine
There is no sweet conclusion
(Chorus)
I can see
No matter how near you'll be
You'll never belong to me
But I can dream
Can't I
Can't I pretend
That I'm locked in the bend
Of your embrace
For dreams
Are just like wine,
And I am drunk
With mine
I'm aware
My heart is a sad affair
There's much disillusion there
But I can dream
Can't I
Can't I adore you
Although we are oceans apart
I can't make you open your heart
But I can dream
Can't I
Can't I adore you
Although we are oceans apart
I can't make you open your heart
But I can dream
Can't I
(1938年 Irving Kahal / Sammy Fain)

〈ちょっと ひとり言〉
いつも歌っている曲の中には“Verse”と言うものがついている事があります。(ついている物の方が多い?のかも)
Verseは本題への『かけはし』と言うか『序曲』と言うか『前ふり』と言うか…そんな物。
ミュージカル等からStandard Jazzになった曲は、このVerseがついていて、曲にとって“無くてはならないもの”として常に歌われているものもあれば、まるで“無くなってしまったもの”の様に、忘れられてほとんど歌われていなかったり…様々。
この曲のVerse部分は、私にとっては“無くてはならないもの”でこの曲を歌う時は、毎回必ず歌っています。
Verse部分に出てくる『♪Blue Horaizon~』という歌詞。
それがこの曲にとって、なくてはならないとても大きな意味を持っている様に私には思われるから。
この曲、一言でいうと「片想い」の曲。
「あなたへの想いは叶わないとしても、せめて夢をみるくらいはいいでしょ」と言うような曲。
Verse部分は、マイナーで始まり、ちょっと哀しい雰囲気だけど、Chorus(本題の曲)に入っていくと、穏やかに前向きに音楽が開けていく。
その音がまるでVerse部分に出てくる歌詞『♪Blue Horaizon』
そして『♪Blue Horaizon』は広くて壮大で、決してゆらぐことのない、主人公の愛情そのものの様に思われます。
この曲を歌う時は、必ずVerse部分から歌い始めています。
この曲を歌う度「Blue Horaizon」を心の中に描きながら。
'15.1.10 ♪ひろよ